宵闇せまれば (核心)


1969年2月15日公開、プロダクション断層作品、日本ATG配給
監督:実相寺昭雄 脚本:大島渚 音楽:冬木透
出演:三留由美子、斎藤憐、清水紘治、樋浦勉、ほか

何の期待も持ってないからさ。だから、逆にがんばるんだよ。


死んではいけない。だが、何のために生きるのか???
(まじめにレヴュー:{}内は、わたにゃんの解釈)

 白地に黒の活字で「プロダクション断層」、そして『宵闇せまれば』の文字。「花が女か男が蝶か…」と、男がアカペラで歌っている。{ 何故、森進一の『花と蝶』(1968年)なのか??? 男と女の物語と言ってるようなものだ。 } やがて、交通騒音が聞こえてくる。
 アパートの部屋。花札をやってる二人の男、ヤナ(清水紘治)とサミー(樋浦勉)。雑誌を読む男、マサアキ(斎藤憐)。窓の外を眺めている女、ジュン(三留由美子)。隣室の男の歌を「下手っぴだな。」とサミー。「いつもよ。」とジュン。「いいと思ってるのかね?」とサミー。「流行歌で、流行る流行らない。何が一番肝腎か、知ってるかい? 第一節の第一行目の歌詞だってさ、問題のポイントは。第一行目の文句で人の心をぐっとつかんじゃうんだ。」とヤナ。「おう。」とサミー。「こんにちは赤ちゃんとか、上を向いて歩こうとか、そこらは、永ろす…、六輔なんてのはセンスある訳だよ。」と、噛みながらも、調子に乗ってるヤナ。「ふん。」とサミー。「アカシヤの…」と、歌い出すヤナ。「そりゃ、六輔じゃないぜっ。」とサミー。「バカ。」と、ヤナの後頭部にマッチ箱を投げつけるマサアキ。{ 良くできた漫才みたいだ。 } マサアキの方にふり返り、「古今の絶唱とも言うべき素晴らしい一行目は何だと思う?」とヤナ。「さあねぇ。」と、興味がないようなマサアキ。「「宵闇せまれば」だってさ。」とヤナ。{ 1961年にフランク永井のカバーで大ヒットした『君恋し』の冒頭。オリジナルは大正時代に作曲された。 } 「なるほど。」とマサアキ。「うめぇな。」とサミー。「宵闇せまればってのは、万人の心に、何かそれぞれ、イメージを引き起こさせるからねぇ。」とヤナ。ジュンがふり向いて聞いている。「宵闇~せまれば~」と、低い声で歌い始めるマサアキ。サイレンが小さく聞こえる。すると、ジュンが語り始める。「宵闇せまる時って、大っ嫌い。この部屋にいて、夕陽がさすでしょ。窓から見ると、光線の加減もあって、前の家々がまるでマッチ箱並べたみたい。ちっぽけなオモチャみたいに見えるの。その一軒一軒に人間が住んで、うじうじ暮らしてるのかと思うと、人間が生きてるってことが、すごく侘しくて、頼りないことに思えるの。何だか、窓からスゥッと飛び降りて、死んでしまいたいような気持ち。だからあたし、いつも夜になってから帰ってくるか、この部屋にいて夕暮れを迎える時は、布団にもぐって寝ちゃうの。そして、また夜になったら、起き出す。」 { ジュンは、人間の営みにひどい空しさを感じているようだ。そして、死への憧れも持っているようだ。 } 台詞の途中で、マサアキの『君恋し』も、隣室の男の『花と蝶』も終わる。三人の男たちは、半分くらいしか聞いていないように見える。「起き出して、お勉強かい? おお、来た来た!」と、花札をしながらも、聞いてたサミー。「だったら良いんだけど。」とジュン。{ ジュンは、学校の勉強がつまらないのである。男たちと同じなのだ。 } 花札の勝負がつく。「やっと、ケリついたか。」とマサアキ。何か書いて、「え~、サミー、4文の勝ち。」と、ノートを投げるマサアキ。「4文かよ、え~?」とサミー。「トータルでか?」とヤナ。{ 4文と言うのがいくらなのかは不明。 } 「やんないか?」と、破いたページを丸めてジュンに投げつけるヤナ。「くたびれたわ。」と、ふり向くジュン。「くたびれた?」とヤナ。「朝から遊んだもん。一時間目が終わったとこで、あんたたちに捕まったんだから。」とジュン。「オレたちゃ、ずっとだもん。昨日の今頃から遊び出したんだ。マージャン、パチンコ、ボーリング。朝からまた、ボーリング、パチンコ。」とサミー。笑うヤナ。「怖い怖い。」とマサアキ。「半日で、4文の勝負じゃな…。」とサミー。{ 老けて見えるヤツもいるが、四人は大学生のようだ。全国的な学生運動が燃え上がる直前の時期の作品であり、まだ、生きる意味を見つけられない彼らの姿は、わたにゃんが大学生だった20年前の学生達とそっくりに見える。 } 「面白い? そんなに遊んで。」とジュン。「面白くないよ。」とヤナ。「教室出たって、面白くないもん。」とサミー。「面白いよ。」とマサアキ。{ マサアキが面白いと言ったのは、遊びのことか??? 教室のことか??? 両方なのかも知れない。後半への伏線とも言える台詞。 }
 フルートの独奏が聴こえてくる。疲れた表情で、タバコを吸いだす男たち。タバコを吸う三人のアップ。煙の向こうで、ジュンは雑誌を読んでいる。「どうする?」とヤナ。「することなしだな。宵闇せまったけど…。」とサミー。「しょうがねぇな。」とヤナ。「宵闇~せまれば~」と、また、低い声で歌い始めるマサアキ。ヤカンの水を飲もうとするが、空っぽであった。「とにかく、ここ出るか?」とヤナ。「もう、何も出そうにねぇしな。」とサミー。「三人泊まる訳にもいかねぇしな。」と、笑うヤナ。立ち上がる男たちに、「あら、お茶ぐらい飲んでいきなさいよ。」とジュン。「ああ。」とヤナ、サミー。「結構だね。」とマサアキ。{ ジュンの彼らへの好意は、深い共感によるようだ。 } 蛇口を開いて、ヤカンに水を注ぎ始めるジュン。部屋を片付ける男たち。食器を運ぼうとしたジュンがつまづいて、卓上コンロのホースが抜ける。ガスが吹き出す。抜けたホースをコンロにつなごうとするサミー。ヤカンの水があふれ出している。水を止めて、「ああ、ビックリした。」とジュン。その時、「待て、そのまま。」と、微笑むヤナ。驚くサミーとジュン。「そのまま、出しっぱなしにしといたらどうだろ。それで、オレたち誰が、一番最後まで、この部屋に残れるか。参ったヤツから出ていくんだ。」と、笑顔で提案するヤナ。「おもしれぇな。」とマサアキ。「やろうか。」とサミー。「いいかい?」と、ジュンに聞くサミー。「いいわよ。」とジュン。「よぉし、行こう!」と、窓を閉め、鍵をかけるヤナ。「おい、どうせやるなら、いくらか賭けようか。」とマサアキ。「よぉっし、500円か。」と、飛び上がるサミー。「うん、そんなねぇな。300円だな。」とマサアキ。ひとり300円を積むことになる。賭け金をテーブルに集め、新しい遊びに期待し、嬉々とする四人。「レッツゴー、サミー。」とヤナ。「オッケー。」と、持っていたホースを放り出すサミー。ガスの出る音。部屋の四隅に分散する四人。
 ホースの末端のアップ。ガスの元栓のアップと、その向こうに離れて座っている四人。窓の外が、まだ明るい。タバコを吸おうとして、ヤナに怒られるサミー。「あ、そうか。引火して、爆発するな。でも、タバコ吸いてぇな。」とサミー。「オレは、小便がしてぇ。」とヤナ。咳き込むジュン。「ジュン、大丈夫か?」とマサアキ。「大丈夫。」とジュン。「くせぇもんだな、ガスって。」とサミー。「アウシュビッツだな。」と、不気味な声で笑うヤナ。{ 垣間見える、清水紘治の怪優っぽさ。ただ、2年後の長編映画『曼陀羅』(1971年)と比べれば、別人のように怪しくない。まず、声が明るい。 } 「強制収容所か、ナチの。」とサミー。「ガス室か?」とマサアキ。「映画で観たな。」とサミー。アウシュビッツの話になる。「私たちのは遊びだけど、本当にガス室に入れられたら、どうなるのかしら。」とジュン。「オレは、どうしてみんな、あんなに素直にガス室に入っていったのか、疑問だな。オレなんか戦うな、その前に。」とサミー。「ふはははは。戦えるもんか。第一、そうなってからじゃ、もう遅いんだ。それまでに、そう言うことがないようにしとかなきゃ。いざ、ガス室の前に出た時にゃ、もうダメなんだよ。」とヤナ。ひどく咳き込んで、水を飲んでから、「そうかな? オレはさ、逆に、そういう風になってからじゃなきゃ、戦えないと思うな。」と、声を荒げるサミー。{ わたにゃんが読んだ少年向きの本には、シャワー室だと偽って、ガス室に入れたと書いてあった。一方、ガス室なるものは実在しなかったと言う意見も読んだことがある。 } 「その実、オレたちは不幸さ。強制収容所もなけりゃ、特高警察もない。人間の限界を測る極限状況がないんだ。」と、続けるサミー。アップのサミーの後ろから、鋭い眼で見ているマサアキ。{ カメラの焦点は、マサアキに合っている。議論には参加しないが、何か考えているようだ。 } 「だから、自分で自分が、何が何だか分からず、従って、燃えるような生きがいもないんだ。」と、熱をおびてくるサミー。{ 熱くなりやすい性格のようだ。 } そして落胆し、「仕方がないから、こんな遊びで極限状況を作って、時間をつぶしている。」とサミー。「いいじゃないか。宵闇せまる時間がイヤだって人がいるんだから。こうやって、その時間がつぶれれば、けっこうなことじゃないか。」とマサアキ。同時に、シャワーを浴びてるような音が聴こえてくる。そして、また、「宵闇~せまれば~、悩みは果てなし~」と、低い声で歌うマサアキ。{ ここでは、一番、お気楽な人物である。 } ヤナのアップ。ガスのホースに接近し、臭いをかいで、咳き込む。「ダメだよ。オレたちがこんなことをしている間に、オレたちが、本当のガス室に放り込まれてしまう体制は着々と進んでるかも知れないんだ。」と、演説っぽく、大声を放つヤナ。{ ゲームを提案した人物であり、深刻なことを言っても、冗談のように聞こえる。もっとも、冗談っぽく言ってるのだが…。 } 「それと戦うべき自分を確立することもなく…。」と、小さくボヤくヤナ。ひどく咳き込み、「苦しい…。」とジュン。{ 三人の男を試すことを密かに思いついたのかも。 } 「大丈夫か? ムリすんなよ。」とマサアキ。
 時間がすぎてゆく。フルート独奏。ジュン、ヤナ、サミー、マサアキと、回転して四人を写すカメラ。皆、汗ばんでいる。ホースのアップ。ガスの出る音。立っているヤナのアップ。「ぼろは着ててもこころの錦。どんな花よりきれいだぜ~。若いときゃ二度ない。どんとやれ~、男なら~。人のやらないことをやれ…」と、延々と隣室の男が歌っている。{ 歌詞を間違っているが、水前寺清子の『いっぽんどっこの唄』(1966年)である。 } 落ち着きを欠き始めるヤナ。足の指でホースをつまんで、サミーに向ける。{ 台詞は聴き取れないが、 }怒って払いのけるサミー。 隣室の男の歌は続く。「うるせぇなぁ。」とヤナ。{ 人のやらないことを提案したが、早々に脱落しそうなヤナを揶揄(やゆ)してるかのようだ。 } 座って、すぐ立ち上がり、「オレは小便がしてぇんだよ。」とヤナ。「オレだってしたいよ。」と、イラ立つマサアキ。「はあ、こう小便がしちゃぁちゃぁたまらねぇな。」と、スプーンで、星型の模様のある窓ガラスをひっかきまくるヤナ。それを見つめ、咳き込むジュン。耐えているマサアキとサミー。「それに、こんな遊び…、バカバカしいな。」と、笑うヤナ。「だって…。」と、大声で言いかけて、咳き込むジュン。{ ジュンは、怒ったようである。「バカバカしい」と言われたからだろうか。しだいに、深みにはまってゆくジュン。 } 口を手で覆って、{ そのせいで、よく聴き取れないが、 }「卑怯者~、去れば去れ!」とサミー。「廊下にいるよ!」と、明るい声で笑い、バイバイと手を振って、退室するヤナ。ドアの近くに走り、呼吸するジュン。「何だ、ジュン?」とマサアキ(?) 「新しい空気…。」とジュン。{ 本当に苦しいのである。ジュンの荒い呼吸が少し妖しい。いかにも実相寺昭雄の演出だ。 } 低いフルートの独奏が聴こえてくる。咳き込むジュンのアップ。その両肩越しに見てる二人の男。{ 異様な雰囲気である。 } マサアキは寝転がるが、咳き込んで起き上がる。サミーは、口を手で覆っている。フルートの音が大きくなる。
 長いホースに肉迫し、その走行を追いかけるカメラ。ガスの出る音。「大丈夫ですか~。」と、廊下からヤナの声。「ふぅっ、ふっふっふっ。」と、奇声を放ち、ガラスを叩くヤナ。水を呑んで、耐えるマサアキ。{ 小便したいと言ったのは、嘘か??? } 「大丈夫か。無理すんなよ。」とヤナ。「うるさい!」とマサアキ。{ ガラス越しに、ヤナがタバコを吸ってるのが分かる。 } 「大丈夫か。無理すんなよ。」 「大丈夫か、死んじまうぞ~。」と、廊下から、しきりに挑発するヤナ。「黙ってろっ。」と、怒鳴るサミー。ガラスをこする音。サミーはタバコを吸おうとするが、「サミー、危ない!」と、止めるマサアキ。震えてるようなサミー。「おい、大丈夫か。」とマサアキ。「寒気がする。」とサミー。「おれだってよ。」とマサアキ。{ ヤナが小便をしたいと言った時も「おれだって」と言っていた。がんばれと言いたいのかも知れない。 } ジャンパーを半分着ながら、「暗いな。電気つけたらどうだ。」とサミー。「暗い方が落ち着くよ。」とマサアキ。電灯を点けようとするが、倒れるサミー。「死んでも知らないよ~。」と、また挑発する廊下のヤナ。「降りた~っ。」と、廊下に出ようとするサミー。「どうしてっ? あんたもバカバカしいの?」と、怒鳴るジュン。{ 「バカバカしい」と言うのが許せない、完全にマジになってるジュン。 } 「まあね。死んじゃつまんねぇもん。」と、笑って、逃げ出すサミー。廊下で、「タバコ、タバコ!」とサミー。「はっはっはっ、よしよしよし。」と、笑って迎えるヤナ。「まだ、がんばってるのかい?」とヤナ。「うん。」とサミー。{ 内部の状況も気になるヤナだが、多数派になれば落ち着けると言う心理らしい。音大では、プロになれる小数となれない大多数が別々のグループを作ると聞いたことがある。やはり、一人ずつ、夢をすてて、大多数の方に移動するのだろうか。 } 頭を抱える、{ 絶望したような }ジュン。
 蜂の羽音か、バイクのエンジンのような音。ジュンのどアップ。やや白眼をむいた目つきが怪しい。右手の薬指に指輪をしている。酩酊するような弦楽合奏。何度ぬぐっても、よだれが止まらないジュン。左手の中指にも指輪をしている。{ 実相寺昭雄による、フェティッシュなサーヴィス・カットとも言える。 } 「マサアキッ。」と、唐突にふり返る、幽霊のようなジュン。「ん?」と、眼を閉じ、虚ろな表情のマサアキ。{ ジュンに残されたのは、多浪か留年で、30前後(?)のマサアキであった。アウシュビッツの話にものらなかった、とぼけた男だ。 } 「あんたは、バカバカしくないの?」と、声を荒げるジュン。「そりゃあ、バカバカしいって言えばバカバカしいけど、だからって、それで降りたいってほどバカバカしくはないよ。」とマサアキ。「何で、そんなにがんばるの?」と言いながら、じりじりと接近する、{ 眼がイッてる }ジュン。「誰が一番がんばるかって、競争だったじゃないか。がんばらなきゃ。」とマサアキ。「それだけ?」とジュン。「それだけって?」とマサアキ。「がんばってる理由。」とジュン。「それだけさ。」とマサアキ。「うそっ!」と、怒鳴るジュン。「たんなる遊びでも、遊びから始まっても、きっと遊びで無くなる瞬間が来る。もっと重い意味を持った事態が始まる。それを期待して、がんばってるんでしょ?」とジュン。「ジュン。君は、この遊びが、遊びでなくなることを期待してんのか?」と、驚きながら尋ねるマサアキ。うなづくジュン。「バカな。」と言って、咳き込むマサアキ。「遊びは遊びさ。」とマサアキ。{ この二人の決定的な温度差が面白い。死を賭して何か大きなものを得ようと企むジュンと、賭けに勝った金でソバでも食べようと企むマサアキ。 } 何かを感じるジュンの眼。{ 失望の色が浮かんだようにも見える。 } 虚ろに上を見るマサアキのアップ。カメラがマサアキの顔を回る。「そう。そこから何か、何かが出てくる。悲劇が起こったり、人間がそこから生き直したり、よくあるやつさ。」とマサアキ。「でも、ダメだよ。」と、厳しく言い放つマサアキ。「そんな良い事なんか、出っこないさ。」と、続けるマサアキ。真剣な眼差しのジュン。「少なくとも君の期待してるような…。君は何を期待してるんだ。何を期待してるんだろ。」とマサアキ。明滅するジュンを照らす灯。笑いながら話し始めるマサアキのアップ。「そうだな。オレたちの誰かが、君を口説く。いや、そんなのは平凡だ。口説くぐらいなら、オレはもうとっくに口説いてた。ヤナのヤツだって、口説いたろ。サミーのヤツは手が早いから、もしかしたらもう…。」 { 三人の男たちは、皆、ジュンが好きだが、誰もケッコンしたいと思うほどではないのである。 } 真剣な顔のジュン。{ 自分の空しさをマサアキが解決してくれるかどうか、もはや、それだけが問題のジュン。ガスのせいもあるだろう。 } 弦楽合奏が夢のような音楽を始める。「でも、たんなる口説きぐらいじゃ満足しやしない。君が求めてるのは…。そうだ。素晴らしい口説かれ方なんだ。素晴らしいめぐり合いと言ってもいい。何か素晴らしい、人と人とのつながり。それある故に、全てがバラ色に見えてくるような。命が燃えるような。」とマサアキ。この間、無表情なジュンのアップ。「単なる口説きぐらいじゃ、満足しやしない。君が求めてるのは。そうだ。素晴らしい口説かれ方なのだ。素晴らしいめぐり合いと言ってもいい。何か素晴らしい、人と人とのつながり。それある故に、全てがバラ色に見えてくるような。命が燃えるような。」 同じ言葉を繰り返すマサアキ。{ これは、事実なのだろう。マサアキは気づいたのだ。今、ジュンは、自分を人生の空しさから救済する男を求めていることを。 } だが、また、隣室の男の下手な歌が聞こえてくる。{ 話が現実に戻るのである。 } 「ダメだね。そんなこと、起きっこないよ。まして、こんな遊びからじゃ。」と{ 苦しそうな横顔がジャイアント馬場にしか見えない }マサアキ。「じゃあ、あなたは、この遊びに何の期待もかけていないの?」とジュン。廊下の二人の笑い声。「ああ、そこに積んである賭け金を取る以外にはね。」とマサアキ。「死んじゃったよ。」 「バカだな。」と、廊下で笑う二人。{ マサアキも、廊下で笑う男と大差ないと言わんばかりの演出。 } 「それで、どうして、こんなにがんばれるの?」とジュン。「おい、もうやめろよ。」とサミー(?)。{ やめろと言われながら、一気に、核心に突入する! } 「何の期待も持ってないからさ。だから、逆にがんばるんだよ。それに、この遊びに何の期待も持ってないのと同時に、他の事にもなんの期待も持ってないのさ。だから、この遊びが、他の事に比べて、バカバカしいとも思わない。バカバカしいと思うのは、もっと素晴らしいことが他にあると思うからだ。出てった連中みたいにね。ひとつひとつ、自分の目の前に来た事に、一生懸命になる以外、仕方がないじゃないか。」とマサアキ。{ やや抽象的だが、この台詞は素敵だ。例えば、言葉の置き換えをしてみれば良く分かる気がする。「近所のコンビニで、ちょっとステキなおねいさんが働いている。近所なので、毎日、会えるのだ。だが、もっと遠くへ足を運べば、自分の理想の女が見つかるかも知れない。それは確かにそうかも知れないが、そう考えてしまうと、コンビニのおねいさんは色あせてしまうのである。縁あって、眼の前にいるのに…。」 ここには、運命・奇跡・永遠などと、壮大なことを言って人を騙す「宗教くさい与太話」や、目標もないのに、とにかく前へ進もうと歌う「使い捨てのJ-POP」などを根本から否定する、シンプルだが力強い哲学を感じる。マサアキの大学での専攻は何なのか、自分で悟ったのか、気になるところだ。 } ジュンのアップ。「愛しながら別れた、二度と会えぬ人よ。後姿さみしく、霧のかなたへ…」と隣室の男の下手くそな歌。{ 黛ジュンの『霧のかなたに』と言う1967年の歌。ヒロインとの名前の一致は、故意か??? } 眼を伏せ、歌を聴きながら、何かを考えているようなジュンのアップ。賭け金を握り締めるマサアキ。不気味な弦楽合奏。マサアキの手を虚ろに見つめるジュン。咳き込みながら、鋭い真剣な眼でジュンを見つめるマサアキ。何かを悟ったような顔のジュン。「ジュン、君は生理的に限界だよ。別の期待で、がんばってはいるんだろうけど。そんな期待…、他人にかけた期待は、絶対、意味ないからね。もう、やめた方がいいよ。」 { この辺りの解釈は、一歩間違うと、非常に危険だが、ジュンは、最後に残ったマサアキに「素晴らしく口説かれる」、つまり、自分を救済する、壮大な計画を語って欲しかったのではないか? それも、死の瀬戸際のような甘美さの中で。だが、マサアキは、自ら、「そのようなものは、ない。」と言ったのだ。言わば、ジュンはフラれたのだ。 } 三白眼のジュンのアップ。マサアキのどアップ。明滅する灯。怪しく高揚してゆく弦楽合奏。「負けたわっ。」と、叫ぶジュン。{ 作戦を少し変えるジュン。 } 同時に、音楽が止む。
 「入ってこい。聞いたろ? ジュン、負けたって。」と、嬉しそうなマサアキ。「パッパカパ~ン!」 「ジュンの負け~!」と、入ってくる二人。「強情っぱりめ。」とヤナ。「ありがとうよ。」とマサアキ。「やるよ。」とサミー。{ 賭け金のことだろう。 } 「お、窓開けろ。」とサミー。ヤナは電灯をつけ、窓を開けようとする。その時、玄関のドアをバタンと閉め、「開けないでっ。」と、叫ぶジュン。驚くヤナとサミー。マッチを手にするジュン。「危ないっ。」と、叫ぶサミー。恐怖を感じ、窓を開けようとするヤナに、「やめてっ!」と、叫ぶジュン。不気味な低音の弦楽合奏。「やめないと擦るわよ。爆発するわ。みんな、粉々の黒焦げになるでしょ。」と、ゆっくり部屋の中央に進むジュンのアップ。黙ってコンロにホースをつなぐサミー。「ジュン。」と、笑いかけるが、事態が尋常ではないことを悟るヤナ。「遊びは遊びだって、マサアキは言ったわ。あなたもそう思う?」とジュン。「そうだよ。」と、立ち上がるサミー。「ヤナも?」とジュン。「そうさ。」と、肯定するヤナ。マッチを取り上げようと、スキを伺うマサアキ。「確かに、誰か、他人に期待をかけてる間はそうかも知れないわ。」とジュン。マサアキに気づき、ふり向くジュン。後ずさりするマサアキ。「そのことについては、御教訓、ありがたかったわ。でも、誰かひとり、自分から、遊びを遊びでなくしちゃおうとする人間が出て来たら、どうなる?」とジュン。「どうするツモリなんだ、君は?」とマサアキ。{ 実は、ここでのマサアキと同様に、わたにゃんも、ジュンの真意がつかめない。 } 「あんたたちの出方によっては、みんなオダブツよ。」とジュン。「よせよ、冗談じゃないよ。」と、冷笑するヤナ。「気が狂ったのか。」と、楽しそうに笑うサミー。「狂ったのかも知れないわ。」とジュン。青ざめるサミー。部屋の隅へ歩くヤナ。「気でも狂わなきゃ、何もできないでしょ、今の時代。遊びは、しょせん遊びにすぎないって言ったけど、それ以上のものが出てくる場合もあるでしょ。それを認めなさいよ。」 { もしかすると、ジュンは、今度こそ逃げられない極限状況を作って、男たちを試すことにしたのではないか。つまり、自分を失望させた二人や自分をフッたマサアキへの復讐なのだ。 } 緊迫した弦楽合奏。マサアキを追うカメラ。「尻尾を出しなさいよ、タヌキたち! どうするの?」と、脅迫するジュン。「本音を吐きなさいよ。」とジュン。音楽が消える。「マッチを擦るのは止めてくれって、おっしゃい。そう、ジュン、マッチを擦るのは止めてくれって。これは遊びのつもりじゃないわ。本音よ。」と、少しずつ、サミーに迫って行くジュン。後ずさりするサミー。「本音で言ってよ。三人ぜんぶ、そう言えば、自由にこの部屋から出ていかせてあげるわ。自由に。でも、本音だ、自分の命が助かりたいって言うことは、きっとあなたたちの生活に大きな跡を残すと思うわ。変えると思うわ。」と、呼吸を乱しながら続けるジュン。「始まりは遊びだったけれど、あなたたちは今、否応なく、自分の命を救うかどうかの瀬戸際に立たされた訳よ。始まりは遊びだったけれど。さあ、言うの? 言わないの? ジュン、やめてくれって。」とジュン。 { 自分たちは、やはり、遊んでる場合じゃないと言う意味なのだと思う。そして、ジュンは、死ぬつもりなのかもしれない。 } カメラが引いて、四人を写す。ジュンはフラフラで、倒れる寸前のようだ。何かを決意したようなマサアキのアップ。ジュンの乱れた呼吸音。気づかれないように、ガスの元栓を開き、ホースを抜くマサアキ。ガスの出る音。{ 凄絶な賭けである。この密室の心理劇のような作品を手に汗握る冒険譚のように味付けている。 } 立ち上がるマサアキ。「ジュン、君の考えてること、もう一度、説明してくれ。ぼくは、君の考えも何だか分かるような気がする。」と、優しい声で問うマサアキ。モウロウとしているジュン。{ うなずいてるようにも見える。そして、妙に女性的な表情だ。再び、マサアキに期待を寄せるのか。 } 「もう一度。もう一息で、ジュンは倒れる。しゃべらせて、時間を、時間をかせぐんだ。」とマサアキの心の声{ マサアキは何としても、生き抜くつもりなのだ。それは、ジュンが本気だと見抜いたからである。 } ガス栓のアップ。ガスの出る音。「説明してくれ。君の考えも分かりそうな気がする。」とマサアキ。「あ、う…。」と、何か言いかけ、マサアキを見つめ、うなずくジュン。その時、「バカバカしいっ!」と、怒鳴るサミー。驚くマサアキ。「説明なんかいらねえよ。オレにとっちゃ、遊びは遊びさ。それをキチガイに脅かされて、やめてくれなんて言えるかい。自分の命を救うか救わないかの瀬戸際だって? そんなことバカバカしくて、本気で考えられるかい。どっちだっていいよ。やってもらおうじゃないか。ドンと一発、原爆が落ちたと思やぁ、恨みもねぇよ。」と、ジュンに迫るサミー。「さあ。やんなよ、ジュン。」とサミー。マッチを持ったジュンの手が震えている。再び、不気味な低音の弦楽合奏。「待て。」とマサアキ。「寄らないでっ。」とジュン。「ヤナ、お前は?」とマサアキ。「ふ~っ。オレだっていいよ。やってもらおうじゃないか。」と、不真面目に答えるヤナ。愕然とするマサアキのアップ。{ 二対一の構造を作り、マサアキを少数派としているようだ。二人は、ジュンを挑発すると言う遊びを敢行しようとしている。ジュンが本気であることを想像できないからなのだ。また、多数派であることが、強気になれる理由のようだ。その結果、死んでも良いとは思ってないはずだが…。 } 「待ってくれ、ジュン。1分、1分だけ、もう一度、君の考えを説明してくれ。」とマサアキ。「マサアキ、未練がましいぞ。」と、笑うサミー。「遊びは遊びだって言ったのは、おまえじゃないか。」と、笑うヤナ。{ 二人は、死など恐れてない、と得意になってるが、まるで飼いならされた戦闘員のようでもある。負ける訳がないと思っているのだ。 } 「違う!」と、厳しい表情で、二人に向き合うマサアキ。「お前らは、遊びの時にもいい加減にしかやれなかった。それは、他に何かがあると思っているからだ。そして、今、事態が変わっても、いい加減にしか対処できない。遊びの時だって、命に関わる時だって、同じなんだ。」と、ぶっ倒れそうなマサアキ。「その時々に、いかに真っ当に、他に期待をかけずに、そのことに、ぶつかれるかだけが勝負なんだ。お前らは、もう負けてる。でも、オレは負ける訳にはいかない。」とマサアキ。 { この台詞が、この作品の頂点である。斎藤憐の演技も完璧だ。 } 「ジュン、どう? 今、オレの言ったこと…。」とマサアキ。{ マサアキは、ジュンが、遊びを遊びでなくそうとしたことに破滅的な衝動を感じ、共感はなかったが、生きることを説得しようとしたのである。だが、生きることの喜びや大義名分は、どこにも「ない」のである。 } 「何か言ってくれよっ。」と、叫ぶマサアキ。{ ジュンの心の重さを知って、気が変わり、愛してやろうと思ったマサアキ。だから、ジュンの答えが欲しくなったのだ。 } マッチを持つジュンの手のアップ。ガスの出る音。マサアキを見るが、汗が吹き出し、もはや、答えられないジュン。カメラが引いて四人を写す。卒倒するジュン。素早く、窓を開けるヤナ。交通騒音が聞こえてくる。ジュンの手からマッチを取り上げるサミー。さらに、ドアや廊下の窓を開けるサミー。元栓を閉めるヤナ。崩れるマサアキに、「おかげで助かった。」と、笑うヤナ。「イチかバチかさ。やらないよりは良かっただろ。」と、眼を閉じるマサアキ。{ 二度の賭けに勝ったマサアキ。 }
 交通騒音が大きくなる。ジュンを介抱するサミー。{ キ○ガイとか、言ってたハズだが、妙に優しい。 } 部屋を片付けるヤナ。ハンカチで口を押さえているジュン。「宵闇~せまれば~」と、隣室の男の歌が聞こえてくる。今度は、ギターの音も混じっている。やがて、ギター独奏になる。部屋でぼんやりする、言葉を失った四人。開けてある廊下の窓から、のぞいてゆくヤツもいる。子供の遊ぶ声も聞こえてくる。ギターが消え、時計の音。順番に人物が写される。何かを見ているジュンのアップ、恥じるように背を向けるヤナ、ひどく疲れたようなサミー、淡々とピースサインの練習(?)をするマサアキ。{ 安堵感が漂っている。冒険の終わり。生還した四人。取りあえず、生きていると言うだけで、幸福なのかも知れない。マサアキのピースサインの相手は??? 二度の賭けに勝ったことをささやかに誇ってるだけとは思えないが…。 } 最後に、何かを見て、泣いているジュン。{ 感動してるようにも見える。ジュンは、マサアキを見ていたのか??? 同時に、「死にたい」と言う衝動を超克したのかも知れない。このシーン、かなり長い。 } ハツラツとした弦楽合奏。夜景を見るジュン。フルートによる『君恋し』のメロディが重なり、カメラは夜景を写し、エンド・クレジット。


ツッコミどころ

  • 昔のガスは勢いが弱かったのだろうか??? ガスが部屋に充満するのに、それほど時間がかからない気がするが ( ゚∀。)
  • 廊下でタバコを吸うと、もれてるガスに引火するような気がするが ( ゚∀。)
  • 男たちは、何年浪人して、大学に入ったのだろう???
  • 髪が乱れ、眼つきがおかしいジュン、怖すぎ (ノд`) ほとんど、怪演と言っても良い。

わたにゃんが感情移入した人物

 初めて観た時は分からなかったが、マサアキの哲学は、今のわたにゃんを支えている (≧∇≦)


ふと思ったこと (*´∀`)

 実にスケールの小さい、しかし、鮮烈な冒険譚だ (〃ノ∇ノ)
 ジュンの狂気の行動の真意が、イマイチ分からない。衝動的な行動と言ってしまえば楽だが、もうしばらく考えてみたい。
 最後に四人がたたずんでる場面は、アンドレイ・タルコフスキーの『ストーカー』(1979年)のラスト近く、三人の男が「部屋」の前に座っている場面を思い出す。心理的な冒険と言う意味で似てるのかも。
 数ヶ月前、入院中に読んだ、「戦う哲学者」と言われる中島義道の著書の影響下で、レヴューを書いてしまった ( ゚∀。)


  Ver. 0.20 2011年11月08日30時32分頃、完了。


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