藤子不二雄F
ノスタル爺(じい)


1974年、「ビッグコミックオリジナル」 2月5日号掲載、小学館発行

あの角を曲がれば……
曲がれば それが そこに……


30年ぶりに帰った故郷は
(まだ読んでない人のために)

 藤子不二雄Fの短編は、子供向けのSF短編と大人向けの異色短編に大きく分けられ(発行所の「小学館」が考えたのかも知れない)、作品の傾向がかなり異なっている。前者では、若い主人公の希望が語られることが少なくないが、後者では、逆に、夢を捨てた大人が主人公なのだ。初めて異色短編を読んだのは高校生の時であったが、不条理な世界に希望を探す『エスパー魔美』を読破した直後でもあり、人生がひっくり返るほどのショックを受けた記憶がある。『ノスタル爺(じい)』は、後者の比較的初期の作品であり、ほぼ1年前に『劇画・オバQ』が描かれている。異色短編には、人間の愚かさを逆に笑ってしまう、ブラックユーモア的な作品も少なくないが、本作は限りなくストイックであり、『桃猫実験工房 Drama』でも紹介している熊井啓の映画(例えば、『忍ぶ川』)のごとき厳粛さである。映画を意識したかのように、背景は細いペンで、写実的に、時に幻想的に描きこまれ、人物も何処か劇画調である。
 名家の跡とりの男、浦島太吉は、学徒動員で出征する間際、幼なじみで、いいなづけの里子と結婚するが…。戦争とは何だったのか? 人間の営みに少し疑問を持ち始めた人には、ぜひ読んでいただきたい。


本作を読むために

 すぐに入手可能ものとして、まず、「小学館文庫」の『[異色短編集]3 箱舟はいっぱい』があるが、これは、差別的と思われる表現を修正した版である。具体的には、「気ぶりの爺さま」「土蔵の爺さま」「狂気よ去るな!!」「まぼろしよ去るな!!」などと改められている。ストーリーを大きく歪めるものではないが、疑問も残る。ただ、この巻には、重厚でありながらも、どこか可笑しいSF短編の傑作、『どことなくなんとなく』(1975年)や『カンビュセスの籤(くじ)』(1977年)も収録され、お買い得である。
 現在、刊行中である「小学館」の「藤子・F・不二雄大全集」で、予想に反し、修正を最小限にとどめた版である『SF・異色短編1』がリリースされた。『ノスタル爺(じい)』に関しては、修正は1ヶ所のみであった。『アチタが見える』(1972年)など、単行本に収録されることが少なかった、幻の作品も読めるのが素晴らしい。
 当時の作者の意図に最も近いと思われる版を読みたい方は、「ゴールデン・コミックス」の『異色短編集4 ノスタル爺(じい)』の古本が数百円で入手可能である。  


藤子不二雄 異色短編集 ノスタル爺(じい)
☆秘蔵の単行本
左:ゴールデン・コミックス(絶版)
藤子不二雄 異色短編集4 ノスタル爺(じい)
 最も初期の単行本
1978年4月15日 初版発行
発行所:株式会社 小学館  価格:320円
ISBN4-09-175014-1

右:小学館文庫
藤子・F・不二雄 [異色短編集]3 箱舟はいっぱい
 差別的と思われる表現を修正した版
1995年8月10日 初版発行
発行所:株式会社 小学館  価格:562円+税
ISBN4-09-192063-2

藤子・F・不二雄大全集 SF・異色短編1
☆秘蔵の単行本
藤子・F・不二雄大全集
藤子・F・不二雄 SF・異色短編1
 修正を最小限にとどめた最新版
2011年10月30日 初版発行
発行所:株式会社 小学館  価格:1500円+税
ISBN978-4-09-143472-2

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